低迷と喪失の10年
新たな自由を模索したビジネスマン達のそばに
崩壊と悲しみのはじまり。
90年5月15日。ニューヨークのとあるオークションで、ゴッホの絵画1点が、史上最高額の8,250万ドル、日本円にして約124億円という巨額にて落札された。落札したのは他ならぬ日本人だった。
しかし翌91年、9月の日銀短観が景気の減速感を表明。11月には卸売物価指数が2年10ヶ月ぶりに下落するなど、「65年のいざなぎ景気を超えた」はずの好景気にも、翳りが漂い始める。92年2月19日。経済企画庁が「前年1~3月をピークに、景気は下降期に入った」と発表。金融機関の不良債権問題が表面化し、これと並行して各業界でも売上減少の傾向が強まる。ついに膨らみすぎた「バブル」がはじけ、崩壊と悲しみが訪れた。
ビジネスマンだけが、悪いわけではない。
「社員は悪くありませ~ん!」
その社長は、嗚咽して叫んだ。
1997年、某大手証券会社の経営破たん。誰もが信じられない光景だった。
80年代まで栄華を誇った価値観やシステムが、音を立てて崩れたのである。
年功序列・終身雇用の崩壊。大量生産・消費システムの崩壊。そしてリストラ。
ビジネスマンだけが悪いわけではなかった。
しかし失業率は増大し、悲しいニュースが毎日のように流れた。
90年代後半、とうとう街には半額バーガーや発泡酒が登場した。新興のディスカウントショップやアウトレットモールは、老舗の専門店や百貨店の脅威となった。"不況台風"に煽られた価格破壊は、津波のようにあらゆる業種を飲みこんだ。
売れない→価格を下げる→利益が出ない→給与が下がる→買えない→そしてまた売れない。
不景気の竜巻に襲われた日本。バブルの頃、乗客を選んだタクシーは、必死に乗客を探し回った。
逆風のなか一向に報われない徒労感。表向きの成果主義や年俸制の裏側にある減俸やリストラという現実。ビジネスマンは、限られたお小遣いでお酒をたしなみながら、夢の世界へ羽ばたいたプロ選手の姿を目に焼きつけた。カラオケでR&B(リズム&ブルース)を唄い上げ、どんなに悲しくても「あどけない夢」だけは忘れずにいたかった。
夢はかすかにつながっていた。
メジャーリーグに挑んだトルネード投法は、バッタバッタと三振を奪った。プロサッカーの最高峰「イタリア・セリエA」のピッチでは、複数の日本人選手が活躍した。その勇姿は国内のスポーツをさしおいて、毎日のようにスポーツニュースのトップ項目で伝えられた。
ささえられて、ささえている。
きっとその頃、エーザイは時代を憂い、今こそ自らの存在価値を発信する必要性を感じたのかもしれない。94年以降、エーザイは、サクロンをはじめとするテレビコマーシャルのエンド部分に、ナイチンゲールのサインから取った"hhc"=ヒューマン・ヘルスケアのロゴマークと共に、ひとつの企業メッセージを発信した。
「ささえられて、ささえている。ヒューマン・ヘルスケアのエーザイ。」
やさしい男性の声で、そのメッセージはすべての"いのち"に響いた。
エーザイのヒューマン・ヘルスケアは、下記の企業理念に集約されている。
患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を考え
そのベネフィット向上を第一義とし
世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する
「喜怒哀楽」という言葉を理念の中に敢えてとりあげる、それは人の心の働きを見据えた上で、体へのいたわりを考える企業、エーザイの姿なのだ。
“厳しい時代、お互いを支えあうことを忘れずに生きていこう”というすべての人々の心にある共通の想い。これを企業メッセージに託して送り出されたエールが、「ささえられて、ささえている」だったのだろう。
悲しい現実に苛まれ、少しだけ「あどけない夢」に陶酔しすぎた夜。
サクロンはいつでも緑の成分を働かせ、荒れた胃を修復し、保護してみせた。
「ささえられて、ささえている。」
胃にスーッと効いた目覚めの朝、ビジネスマンは"緑のパッケージ"に手を合わせたのかもしれない。
「日本の夜明けは、いつなのか?」
90年代は、夜が明けぬ悲しみのまま幕を閉じた。
しかし2000年以降、日本にも微かに回復の兆しが訪れるのであった。
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