1960年【サクロン物語】

  • セルベール・サクロンの雑学
  • サクロン

オー、モーレツ!わき目も振らずに働き続けた時代
サクロン誕生に秘められた開発者の葛藤とは?

img_story01_01

1960年、日本はまだ発展途上にあった。

pic-story-60-01
東海地区を初試運転する東海道新幹線
(1964年7月)

戦後の荒廃を脱し、ようやく経済大国を目指せる土壌が整いつつあった。もっと日本を豊かな国にしよう。そして再び世界に誇れる日本になろう。池田内閣の「国民所得倍増計画」(1960年)を皮切りに、東海道新幹線の開通(1964年)、名神高速道路の開通(1963年)が急ピッチで進んだ。そして東京オリンピックの開催(1964年)。東洋の魔女が世界を制し、日本列島は再び国家の誇りに沸いた。

時を同じくし、ビジネスマンもまた明日の日本を夢見ていた。自動車・エレクトロニクス・化学など各々の産業で国家の命運を賭けたプロジェクトが進行する。ビジネスマンは、日本初にして日本発の世界品質や世界基準を作り出そうとモーレツに学んだ。モーレツに働いた。そしてモーレツに葛藤した。

活気溢れた時代。身体も胃も酷使していた。

働きづくめの毎日。ストレス解消の方法として皆が楽しみにしていた気晴らしの飲酒も、翌朝なおさら胃が痛む原因だった。
ビジネスマンの胃痛は、モーレツに駆けぬけた日本の高度成長の副作用ともいえる。

その頃、エーザイでは働くビジネスマンを見つめ続け、これからの時代に合った胃ぐすりの研究開発が進められていた。

時代が求めている胃ぐすりとは、何なのか?

pic-story-60-02
pic-story-60-03
↑人と薬のあゆみや、製薬における研究開発プロセスなどについて紹介している「くすりの博物館」(上下とも)

サクロン開発のスタートは平坦な道のりを歩むものではなかった。しかし、当時、エーザイはいくつかの医療用医薬品である消化器領域向けの医薬品を有しており(現在はEAファーマ取り扱い)その中からサクロン処方の骨格となる緑色の葉緑素成分を有効成分に用いた製品の開発に着手した。

「くすりの博物館」では、人と薬のあゆみや、製薬における研究開発プロセスなどについて紹介されている。
その記述によると、一般に医療用医薬品(お医者さんが処方する薬剤)の場合、創薬構想から実際に新薬ができるには、現在でも10年もしくは15年はかかるといわれている。

薬のもとを探す「探索研究」にはじまり、生物実験などの「前臨床研究」、人による「臨床研究」を終えた後、厚生労働省による承認審査を経て、晴れて新薬として承認される。中でも「探索研究」では、薬にできそうな物質を1,000~2,000もの候補から探し出すのだという。このプロセスだけで7~8年。そこまでして断念することもあるという。気の遠くなるような作業である。
一般用医薬品(薬局・薬店で市販されている薬)でも、「臨床研究」が必要な薬剤は少ないものの、長期にわたる開発期間が必要となるそうだ。おそらく当時の開発者も、コンセプトに合う処方設計を探し出すまでに、幾度となく葛藤し、ストレスに苛まれたことであろう。そして幾度となく胃を痛めたことであろう。胃の痛みもさることながら、きっと心も傷んでいたのではないだろうか。

内藤記念くすりの博物館

時代が求めている胃ぐすりとは、何なのか?

pic-story-60-04
60年代発売当初の広告画面より

お酒好きな方、タバコやコーヒーなどの普及に伴い、各種刺激により胃の不快感の経験があるお客様を対象にマーケティングが開始された。処方の設計は、まず第一に、むかつき、痛みの原因である胃の中のキズに直接作用して胃粘膜修復効果を期待できる成分が決められた。そして、第二に、酸症状をおさえる制酸薬として、持続性の中和作用を持つ成分が効果的に構成されるよう検討された。開発者の想いは、胃痛、胸やけといった胃の症状改善の専門薬として登場させることである。

そして、開発者がたどり着いたコンセプトは、「胃の不快症状にスーッと効く」、「緑の胃ぐすり」である。

サクロンの緑は、葉緑素成分の緑。自然がくれた緑の恵み。
スーッと効く、サクロンが誕生した。
1961年、サクロンはその第一歩を踏みだした。

Copyright(c) 2001-2004 All About, Inc. All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

監修

木村 裕之 先生Dr_Kimura

  • 医療法人社団ファーストムーブメント
    木村メディカルクリニック 理事長・院長
    内科・胃腸科・消化器科・循環器内科・呼吸器内科・神経内科・アレルギー科

経歴:
1988年3月 慶應義塾大学医学部卒業
1988年6月 医師国家試験合格 慶應義塾大学医学部内科
1990年6月 慶應義塾大学伊勢慶應病院内科
1992年6月 慶應義塾大学医学部消化器内科
1993年8月 慶應義塾大学医学部救急部
1999年1月 慶應義塾大学医学部救急部医局長
2002年1月 慶應義塾大学医学部救急部医長
2003年10月 慶應義塾大学医学部消化器内科
2004年11月 木村メディカルクリニック開設
2007年11月 医療法人社団ファーストムーブメント設立

まとめ

Share!!

related articles

関連記事

サクロン物語