ついに訪れる日本経済の全盛期前夜
時代の変遷に戸惑う男達を支えた「優しさ」
80年代、「ワンランク上」が日本をリードした。
本当の豊かさを探し続け、70年代は過ぎ去った。
そして80年代。日本は「モノ」の豊かさから「コト」の豊かさへと進化を遂げていく。魅力的な「コト」を体験したか否かが、その人の豊かさを測るバロメーターとなり、いつしか「ワンランク上」という価値観が日本をリードし始めた。
広大なアミューズメントパークは、夜の光に包まれたワンランク上のレジャーを体現し、テレビゲームのある家庭には、ワンランク上の家族像が漂った。ナイトスポットにはワンレンボディコンの艶姿。六本木や芝浦のディスコには、ワンランク上を標榜する"いい男いい女"が場を盛り上げた。
85年以降、円高差益のあおりを受けて、海外渡航者数は85年の約500万人から89年には一気に約1,000万人に到達し、文字通りワンランク上の文化を持ち帰り、デザイナーズブランドや高級グルメなどに人々は謳歌した。
そして各民放局がこぞって放映した歌番組の数々。文字通りワンランク上は、大衆の心を動かすエンターテイメントにまで昇華した。
新たな価値観のなかで、市場も国内外に拡大し、おおむね企業の業績は向上した。やがて危ういほどの右肩上がりに「ワンランク上」という言葉は、過度なシェア争いや自己顕示のための差別化へとその解釈を広げていった。
「ストレス」を「享楽」で忘れたかったビジネスマン
80年代、まことしやかにささやかれたプレッシャー。
危ういほどの右肩上がりを示すこと自体が、企業や個人の存在理由となり、ビジネスマンに重くのしかかった。昼は数字作りに精を出し、夜おそくまで接待は続き、帰りのタクシーは深夜2:00でもつかまらなかった。
家に帰れば、子供たちは「偏差値」という画一的なランキングに縛られて、"積木くずし""ピーターパン・シンドローム""青い鳥"などの言葉が登場し、子供の成長、教育、家族のあり方への大きな波紋が待ち受けた。さらには84年放送の人気テレビドラマに端を発した"くれない族"という言葉。「仕事が忙しくて夫がかまってクレナイ」「子供の受験の相談にのってクレナイ」「子供が言うことを聞いてクレナイ」など家族そのものが競争と愛情のはざまで揺れていた。
「父親としての自分」「夫としての自分」「ビジネスマンとしての自分」ノルマの果てに待ち受けた自らの存在理由へのストレス。
せめて景気のいいネオン街へと足を運び、ストレスのすべてを忘れたかった。決して忘れることはできないけれど、高級グルメやナイトスポットにテンションを上げ、飲んで歌って踊りたかった。
享楽の果てのむなしさ。スーッと効いた緑のやさしさ。
享楽の果て。そこにはいつもむなしさが待っていた。
「もう寝よう。」忘れようとするほどに、むなしさはいっそうこみあげた。
83年からオンエアされた「新サクロン」のテレビCM。
みずみずしい新緑、川のせせらぎ、そして澄んだ女性の歌声が聞こえてきた。
その声は、ビジネスマン達のむなしさを汲み取ってくれているかのような、優しく、それでいて力付けられる響きであった。
緑のやさしさは、むなしさのすべてを受け入れた。
緑の成分がやさしく働いて、荒れた胃を修復し、保護してくれた。
「おやすみ前の服用が効果的。」
CMの終わりにささやいた、消え入るようなナレーション。
ビジネスマンをいたわるサクロンのやさしさが、商品とCMにまたも凝縮されていた。
享楽的なムードが支配的だった80年代。しかし、あえてその真意を解したサクロンは、結局ビジネスマンのよき理解者であり続けた。
「また明日から、がんばろう。」
サクロンを飲んで、眠りについた多くのビジネスマン。
サクロンは、ビジネスマンが日本経済を躍進させたことを誰よりも喜んでいたのかもしれない。
しかし90年代、日本はそんなノルマすら意味をなさない時代を迎えることになる。
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